本日のテーマ:「幻の巨大騎馬像とミラノの現実:ダ・ヴィンチはいかにして軍事都市に食い込んだか」
1482年、30歳のダ・ヴィンチは芸術の都フィレンツェを去り、軍事都市ミラノへと向かいます。権力者スフォルツァへ宛てた軍事技師としての売り込みから、戦争の犠牲となった幻の7メートル級巨大騎馬像まで、波乱のミラノ時代前半戦を紐解きます。
👇今回の見出し👇
ミラノ移住から最初の大仕事まで/軍事と産業の都ミラノ/支配者ロドヴィコ・スフォルツァ/10項目にわたる売り込み書簡/軍事・土木・工学の徹底アピール/絵画と彫刻の実績は最後の一行/求められる役割を見抜く現実認識/フィレンツェを去った2つの理由/新興政権の気風と実用技術への投資/使節のコネを利用した就職活動/最初の仕事は宮廷の音楽家・エンターテイナー/舞台装置や謎かけへの没頭/フランチェスコ・スフォルツァの騎馬像/高さ約7メートルの前代未聞のスケール/馬の解剖学的研究と緻密なスケッチ/鋳造技術の研究と炉の設計/70トンの実物大粘土模型の公開/フランス軍侵攻によるブロンズの大砲転用/ガスコーニュ兵の的となって消えた傑作/喪失と並行して生まれた『最後の晩餐』
👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇
①芸術家から軍事技師への自己プロデュース
ダ・ヴィンチはミラノの権力者スフォルツァに対し、大砲や装甲車の設計など軍事・土木技術を前面に出した10項目の売り込み書簡を送りました。芸術の都フィレンツェとは異なり、戦争の絶えないミラノが何を求めているかを正確に見抜いた、彼の鋭い現実認識が伺えます。
②エンターテイナーとしての宮廷デビュー
軍事技師として自らを売り込んだにもかかわらず、ミラノで最初に与えられたのは宮廷の宴会を盛り上げる音楽家やエンターテイナーとしての役割でした。しかし彼はプライドに縛られることなく、宴会の謎かけや舞台装置の設計などにも純粋な好奇心を持って本気で取り組んでいました。
③戦争に消えた幻の巨大騎馬像
スフォルツァ家から高さ約7メートルにおよぶ巨大な騎馬像の制作を依頼され、馬の解剖から鋳造炉の設計まで並外れた執念で取り組みました。しかし、実物大の粘土模型を完成させた矢先にフランス軍が侵攻。用意されたブロンズは大砲に回され、模型も兵士の的として破壊される悲劇的な結末を迎えました。
■ 関連年表
1482年: フィレンツェを離れミラノへ到着、スフォルツァに売り込み書簡を送付
1493年: スフォルツァ家の祝典にて、高さ約7メートルの騎馬像の粘土模型が公開される
1494年: フランス軍がイタリア侵攻を開始、騎馬像用のブロンズが大砲に転用される
1499年: フランス軍がミラノを占領、放置された騎馬像の粘土模型が破壊される
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