本日のテーマ:「本当の天才?レオナルド・ダ・ヴィンチ67年の波乱万丈な生涯」
今回は「万能の天才」レオナルド・ダ・ヴィンチの全生涯を解説します。私生児という不遇な出自から始まり、戦争やパトロンの失脚を乗り越え、最後はフランス王に「存在するだけでいい」と言わしめた彼の、泥臭くも圧倒的な生き様に迫ります。
👇今回の見出し👇
レオナルド・ダ・ヴィンチの全生涯/ルネサンス全盛期/1452年ヴィンチ村生まれ/公証人の父と私生児という出自/ヴェロッキオの工房へ弟子入り/師匠を絶望させた天使の絵/軍事技師としてミラノへ売り込み/雇い主はロドヴィコ・スフォルツァ/次元が違う『最後の晩餐』/掟破りの死体解剖と探求心/フランス軍侵攻によるミラノ陥落/チェーザレ・ボルジアの軍事顧問/権力者を渡り歩く流浪の時代/未完の大作『モナ・リザ』/死ぬまで手放さなかった謎/フランス王フランソワ1世の招待/クロ・リュセ城での晩年/ただ存在するだけでいい/生き延びた天才の軌跡/次回は生い立ち深掘り編
👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇
①私生児という出自と工房への弟子入り
公証人の父を持ちながらも私生児として生まれたため、当時の法律によって職業の選択肢が制限されていました。しかし10代でフィレンツェの著名な画家ヴェロッキオの工房へ弟子入りし、師匠が筆を折るほどの圧倒的な画力を発揮して人生の転機を迎えます。
②画家ではなく軍事技師?ミラノでの活躍
20代後半で戦争の渦中にあるミラノへ移住し、権力者スフォルツァに対し大砲や戦車が作れる軍事技師として自身を売り込みました。約18年のミラノ時代には、遠近法を駆使した名作『最後の晩餐』を描いたほか、法を犯してまでの人体解剖など常軌を逸した探求心を見せました。
③パトロンの失脚と生き延びるための流浪
フランス軍の侵攻でミラノが陥落すると、後ろ盾を失ったダ・ヴィンチはイタリア各地を転々とする流浪の時代に入ります。恐れられた軍人チェーザレ・ボルジアの顧問を務めるなど、権力者を渡り歩きながら激動の時代をしたたかに生き抜きました。
■ 関連年表
1452年: フィレンツェ近郊のヴィンチ村で誕生
1482年頃: フィレンツェを離れミラノへ移住、ロドヴィコ・スフォルツァに仕える
1490年代: ミラノにて『最後の晩餐』を制作
1499年: フランス軍の侵攻によりミラノが陥落、流浪の時代へ入る
1503年頃: フィレンツェにて『モナ・リザ』の制作を開始
1516年: フランス王フランソワ1世の招きで、ロワール渓谷のクロ・リュセ城へ移住
1519年: フランスにて死去(享年67歳)
🙏番組へのご協力のお願い
少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!
🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせ
チャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。
【サポーター特典】
・サポーター限定配信
・活動進捗の共有配信
・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)
▼下記からサポーター登録いただけます!
https://www.patreon.com/c/ijinden/posts
▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちら
https://kikinagashi-ijinden.web.app/
更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。
Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)
※内容は諸説あります